4.27.2009

使命を探す回想の旅

子供の頃の感情を時々思い出す。
それは、夏休みの快晴の空に浮かぶ雲を眺めながら考えたこと。
将来、自分がどんな大人になるかってこと。
曖昧で気の弱い自分なのか?
お金に困窮している自分なのか?
自分の進路を見つけ迷わず驀進しているのか?
などをぼんやりと考えていた。
俺は、きっと子供時代は永遠でなく大人になった時にこの感情を必ず思い出そう、と。
そう、そして時々思い出す。
自分の子供の頃を。
楽天的で毎日、勉強もせず遊びほうけヘラヘラして親父に怒られた。
時間は過ぎ30年近く経つ。
そして思い出す。
少し記憶は歪んでいると思うが、駐車場の端にあるドラム缶に腰掛けて考えていた頃を。
子供時代はとても面白い時間だった。
今を充実させるためにも今、考える時間が、ぼんやりでも必要である。
一日を振り返り、思い出す。
今日一日が俺にってどんな一日であり、有意義であったか?を。
時間の矢はすごいスピードで去ってゆく。
毎日、取り留めの無い日々を過ごしている。
葛藤、困惑、迷走、挫折、などを繰り返すが、方向性を失っている。
混迷の中で、自分を理解し行きたい方向を自分で決めることに全力を尽くしてきた。
これからもそうだし、もっと自分をよく知らなければならない。
考え抜く。これしかない。
子供の頃の自分と違う部分を感じる。
あの頃の自分も良く覚えている。
人間として真っ直ぐで、正義を信じ、自然的生活を中心に生きてゆく。
そんな、感情を持っていた。
今でもある。
ただ、大人になって自由度が増えても、全ては思い道理にならない。
そんな瞬間の連続であった。
理想と現実。
此処で俺は子供の頃の自分を取り戻しもっと自然で、自由で、活き活きと生きてゆきたいと思う。
もっとヒントになる子供時代を回想し、根本的な自分自身を取り戻したい。
欲張らず、焦らず、静かに自分を取り戻す。
自分の使命を誰との競争でもなく、勝ち負けもなく、シンプルに楽しい状態に。
自分の過去の感情を回想する。
見てきた景色、思い出、風景、記憶を辿りながら、ゆっくりでも、少しでも。
人生の目標や使命を思い出すためにも。