7.28.2009

empty ? vain?

衆議院選挙を前にこれから政治家たちには暑い夏が始る。
虚無に満ちた言葉の公約に毎度騙される国民、嘘の上塗りに包装紙を付ける馬鹿垂れTVジャーナリズム。
機械的で無機質で核心9割水で割った様な質問でマイクを向ける記者たち。
建前の辻褄が合わなくて空を見つめながら的外れな言葉を並べる政治家たち。
そのTV報道を横目で見て飼い慣らされてゆくことに反抗する言葉すら失う人々。

選挙のたびにのしだけ変えて同じ中身で繰り返される。
しかし今回の麻生はメモリアルなそしてシンボリックな解散である。
吉田茂は意気盛んにバカヤローと言って解散。
麻生太郎はバカヤローと叫ぶパワーも無くジリ貧で解散。
ほんとに今回の解散が現代日本史の歴史の中で後から考えて節目になると思う。

今回こそ戦後の自民党支配の機能不全を象徴し、終焉と混沌の始まりになるはずである。
直に民主党というわけでなく、カオス状態が政治、経済、社会、に充満する。
日本の自殺者が2009年の前半で17000人を突破するなんて異常社会である。
しかし、これからが本当の危険水域の突入である。
これから世界規模でのCDSの処理による経済のスライドダウンそして、バ-ストダウンが始る。
2012年前半には金満強欲略奪資本主義は雲散霧消し、統制でなく規制のみでなく、バランスや合理性を伴う経済ルールの構築の機運が高まる。
それまでは往生際悪く、ツギハギ経済、詐術経済が化粧をして誤魔化しながら走り続ける。
それを経済の再生とTVがラッパを鳴らす。

日本は四方を海に囲まれた海洋国である。
地理的防衛性の高い事が治安的安定を保持してきた。
しかしながら、経済はチェーンのようなグローバリズムで繋がれている。
特に日本のような貿易加工立国、外需依存立国であるならばなお更である。
ある種、適度のヒステリックな悲観主義は日本の武器であり現実対処に有効な場面がある。
本当の危機は危機感の無い漫然としたこの飽食と拝金主義と中途半端な時だけ市場原理と競争原理を使う閉塞的な社会の中で危機感が無いことだ。
窒息した大衆主義というか、コンクリ-ト詰の人間不在のリラクゼーションショップというか、カラフルな灰色を見せてくれる政治家に殺意を通り越えて、無視したくなる。
無視は奴らは勝利になるし、無関心は民主主義の大敵なのでしんどいが気にかけようとと思うが。

今の日本は空っぽなのか?究極の虚無なのか?
マテリアルな情報やプライスカードが釣り下がった欲しくないものが街に溢れている時代。
今は金より地位より、人生哲学が必要な時代だ。
考えることは激しく凄まじい。
そして覚悟が必要だ。
生き様が重要だ。
自分が自分である為に。
精神が消耗する。疲弊する。炸裂する。
感性を研ぐと色の無い不可視の鮮血の流れ落ちる。
そこに俺は苛立ちと激情と再生と誇りを纏いながら歩を進める。
似たような感情を抱えて生きている奴がいる。
臭いを感じる。
風向きを読む。
流れを見つめる。
足元の過ちを断ち切り睨みつける。
一人苦笑いを浮かべる。

また、TVの向こうで大衆の市民権を得たような異常者がラウドに綺麗に矛盾を語る。

終わらないエンディング。
真っ黒な二大政党のウェディング。
視界不良のクリアガラス越しのエコノミー。
包囲に生きるメッセージの無い医療、教育、宗教、行政。

エンドロールはまだまだ続くのか?
旧態依然たる日本型社会の終わりの予感と深い混沌の始まりを予感しながら・・・