5.20.2009

民主主義のコスト

新型インフルエンザの拡大阻止の為に関西の小中高で休校が実施されている。
そこに、高校生がカラオケボックスで休日を楽しむ記事が産経新聞に掲載されていた。
今の時代の一部を映す生記事であると思う。
弱いものを守る。
それは、誰も否定しない正義であり耳心地がよい。
しかし、そこで、教育委員会がアメ村を見回り注意を促すことが無力でありじれったい感がある。
子供を守る為の休校がこの様である。

全ての事例は並列に出来ないが、生活保護や失業者への保険なども弱者救済の名の下に矛盾がある。
矛盾ない世界などどこにも無いと思うが、民主主義で構築される弱者救済、セーフティネットに合理性や公平感を求めたくなる。
選挙においても田舎の道路族議員が地方の便宜を図り利権や次の選挙対策として税金を都会からむしりとり箱物を作りまくる。
民主主義のコストはこの日本においては増大であり、民衆が愚かな場合、狂気の沙汰のシステムに成り下がる。
だからと言って独裁OKと言っているのではない。
ただ、民主主義はじれったく無駄があり、コストも高く、国民が愚かであればうまく機能しないシステムであるのは確かなようだ。

国の借金が800兆を超える平成の経済大国JAPAN。
時計の秒針が時を刻むたびに借金が増え、国民の希望や活力は減る。
  
マッカーサーが60年前に日本人は12歳だと言ったが、今でも成人はしていないと思う。
自分の意見と責任が大切である。
上から下までどちらも無いのが日本。

民主主義教育をするなら、責任や義務を教え、自由の意味を教え、意見を述べてからでも遅くない。
そのコンセンサスがあれば本来の先進民主主義国家として、今も次の時代も希望が持て、アホな意見や行動も減り少しは住み易い国になると思う。